東日本大震災から1年が過ぎて(その2)

2012年4月5日 14時05分 | カテゴリー: 活動報告

被災の実態を目の当たりにして

津波の被害を受けた豊間(とよま)
津波の被害を受けた豊間(とよま)
 前回から引き続き、3/22(木)〜23(金)に視察団を案内したご報告をいたします。

 今回の視察では、豊間(とよま)、薄磯(うすいそ)などの津波の被害範囲の大きかった地域から、南の錦須賀(にしきすか)地域、さらに茨城県の大津港までの被害状況を見ていただきました。薄磯海岸は、私にとっても子どたちを海水浴に連れて行った思い出の場所でもあり、ショックでした。私以上にショックを受けていたのは、案内してくれた「なこそ復興プロジェクト」の事務局の若いメンバー。彼女は、震災のあったそのとき、まさに、この豊間にある福祉施設で仕事をしていたのでした。しかし、震災後、この地を訪れるのが、今回初めてだったこともあり、あまりの変貌ぶりに、車をどう走らせていいのか迷うほどでした。
 津波被害は、地形に大きく左右されます。「高台に逃げる」ことは、繰り返し報道もされていますが、その地域が盛り土なのか、元が沼地だったのか、そういった要因も含めて、地域の皆さんでしっかり共有すべき情報であることが確認できました。

 また、今回視察して驚いたのは、原発事故による被災地域の方々の暮らしぶりについてです。
いわき市南台にある双葉町の方々の仮設住宅は、近くに買い物をするお店もない高台に作られたので、不自由を余儀なくされました。私たちが、訪ねた2日後に、ようやく仮設住宅の施設内にコンビニができるというニュースに、皆さんが喜んでいらっしゃいましたが、1年近くの間、どんなに不便な生活を強いられたことでしょう!

 双葉町の自治会長の齊藤宗一さんとここの地域福祉を担う社会福祉協議会 双葉町サポートセンター「ひだまり」の高野陽子さんにお話を伺うことができました。
社協というと都会では、すこぶる評判が悪いところが多いものですが、町が小さいので、何でも社協が頼りにされてきたそうです。
ここには、行政の設置した、その名も「絆」という施設がありますが、職員は、たまにしか来ないとのことでした。それでも、259世帯(約450人)の暮らす双葉仮設の方々は、一定程度の情報も入ります。しかし、借り上げ住宅で生活している被災者には、情報の行き来がないのが実情です。個人情報保護がネックとなって、なかなかつなぐことができず、苦労されているとのことでした。
 震災前は、安全性にこだわったホウレンソウ作りをしていたという齊藤さんは「アイネットとして携帯を持たされているが、いざというときに、一人暮らしで動けない人をどうするか、何事か起こったとき、防災計画の中にマニュアルとして入れておかないとダメ。実際に、窓をたたき割って中に入って助けることも想定し、個人の了解を得ておく必要がある」と語って下さいました。
また、東京電力に対し、震災以前に何度も災害時の危険性について質問状を出してきたけれど、回答はなしのつぶてだった、と語る齊藤さんの目には、悔しさがにじんでいました。