自治する市民を増やそう!

2012年3月8日 23時37分 | カテゴリー: 活動報告

上原元市長の裁判に思う

 きょう(3/8)は、国立市の佐藤市長が、元国立市長である上原公子さんを相手取って起こした損害賠償請求裁判(第一回)でした。ふつうの市民になり、すでに5年も経とうとしている今になって、こんな裁判のために法廷に引きずり出されるなど、ありえません。当時、市民のためにしたことを、このような“ディベロッパーの片棒担ぐようなやり方”をする現市長に対し、国立市民は、どのように見ているのでしょうか?ほとんどの市民は「われ関せず」ですか?
タダの市民になってから「3,123万円+509万2000円(利息分)を支払え」だなんて、いくらなんでも、無茶な話です。(これがまかり通るのなら、命がけで市民を守ろうとする首長など、今後、現れることなどないでしょうね!)

市民のつくったちらしでは、評論家の佐高信さんが、的を射た発言をされています。
「これは前代未聞の話。この判決が通ったら、石原都知事は、新銀行で作った1000億近い累積赤字を個人で支払わないと」
まさに、その通りです。というより、必然から言えば「石原さんを訴えるのが先じゃないの?」と素朴な感情を抱くのは、私だけではないはずです。
明和地所は、「もともと賠償金は取るつもりではなかった」として、国立市に満額寄付しており、結果として、国立市に損失は生じていないのが現実です。
何が何でも、再び「上原を裁判所に引きずりだしたい」というのは、ただの怨念でしかない。いやらしい「恨みつらみ」でしかないと受け取られても仕方がないようなやり方です。佐藤市長は、そういった“怨霊の声”に惑わされているのでしょうか??

こうした暴挙を許さないためには、市民がきちんと何が起こっているのか、関心を持っていなくてはなりません。
誰かがどこかで、がんばっている地道な努力も、「へええ〜」で終わらせず、自分のこととして、イマジネーションを働かせて、感じ取ることが必要です。

私の所属する市民団体は、現在『存続の危機』に瀕しています。メンバーの話を聞いていると「会の存在意義がわからない」という、ごく基本的なそもそも論まで飛び出す始末。市民は、何のために「市民活動」をするのか?
単に、イベントをするために非ず。単に楽しいからするのでもない。←楽しいこと自体、否定しませんが…(笑)
「自治する」意味を問い直し、しっかりと自分のまちのまちづくりに関わっていく市民を増やしていく努力を、しなければなりません。
それは、とりもなおさず次代の子どもたちのためなのですから。