安易な除染こそ、被害拡大の要因!

2011年10月25日 15時41分 | カテゴリー: 活動報告

がれきの山には、雑草が生い茂り、時の流れを感じさせます。
がれきの山には、雑草が生い茂り、時の流れを感じさせます。
 放射線量の大きい地域では、町ぐるみで積極的な除染が進められていますが、果たしてこれは本当に有効な手法なのでしょうか?先日、細野大臣は「安全な除染を」と発言されていましたが、ハテ「安全な除染」なんか、あるのでしょうか?

 私は、この間、人類にとって「本当にBESTな方法とは何か?」を考えてきました。
放射能についてはBETTERではダメなのです。BESTな方法でなければ!
この先、私たち大人の世代は、多少のことは我慢しましょう。子どもたちやその後の世代に、どのように命を引き続のかを最優先に、みんなで今一度、真剣に考えるべき時期と考えます。

除染は、一見、合理的な放射性物質の除去手法のように思われますが、冷静に考えてみれば、除染で流された放射性物質は下水処理場に溜り汚泥として処理されることになります。いまや汚泥は行き場をなくし、山と積まれている実態!除染に使われた防護服は、現在「Jビレッジ」に積み上げられたまま。原発事故現場で作業に使われるものは仕方ないにしても、除染で発生するカタチを変えた放射性物質の“行き場”について、慎重に検討したうえで、その対応を考えるべきではないでしょうか。
 
 チェルノブイリでは、事故後、放射線量の高い地域は、閉鎖されています。故郷への思い出、愛着は、とてもよくわかります。それでも、命と引き換えにできるものではありません。「除染さえ済めば、再び元の生活に戻れる」という安易な風潮を生み出す要素にしてほしくないのです。
それほどに、今回の未曾有の災害は、私たち人類に大きな影を落としたのです。その覚悟なしに、次のステップに進めません。
突き詰めて考えれば、「除染」は、自分の家の前のごみを隣の家の玄関先に置いてくる行為によく似ています。「自分の周辺さえ安全ならそれでよいのか?」ということを改めて、私たちひとり一人が、よく噛みしめて結論を出さねばならないことだと考えます。
 
 テレビでは、「除染を最優先にすすめる」と国も県も口を揃えて言います。マスコミも、不思議なほど、あたかも除染しか方法はない!といわんばかりに、そのことしか報道しないのは、なぜでしょう?
 新たな情報隠しのスタートですか?
 もう、安易な除染は止めにしませんか?
 しばらくは、コミュニティを大事にする最善の方法を取りつつ、長期に故郷を離れる覚悟をしてみてはどうでしょうか。次世代の子どもたちのために!