堀文子さんの言葉に思うこと

2011年9月28日 14時52分 | カテゴリー: 活動報告

銅御殿隣接マンション訴訟 住民の敗訴

 9/19(月)NHKで放送されたヒューマンドキュメンタリー「画家・堀文子 93歳の決意」は、たいへんな反響を呼びました。
http://nhkworldpremium.com/program/detail.aspx?d=20110919081500&ssl=false&c=26

「群れない、慣れない、頼らない」
という言葉が耳に飛び込んできたとき、思わず私は仕事の手を止めました。

 堀文子さんは、関東大震災や2.26事件など激動の時代を駆け抜けてきた日本画家です。
作家・戸井十月さんのインタビューで、堀さんの口から引き出される言葉のひとつひとつは、すべてがキラキラと輝いていました。こんな陳腐な表現しかできない自分が、とても恥ずかしいくらい、なんて表現したらいいのかわからないほど、堀文子という一人の女性の生き方に魅かれました!
 何にも囚われぬ自身の“思い”を貫いたその強さと、それでいて、しなやかな観察眼を持つ堀さんは、私が理想とするイマジネーションそのものでした。

堀さんの
「風景は思想だ」
「風景は、取捨選択したその国の人々が創りあげた作品」この言葉は、まさに今の「時代」への警鐘です。
 先日、東京地裁で、銅御殿隣接マンション訴訟の判決がありましたが、住民側の敗訴と聞き、重要文化財ひとつ、きちんと守れぬこの国は、私たちの「いのち」も大事にできない滅びへと向かっているように思えてなりません。

大げさに聞こえるかもしれませんが、先人たちの築いた文化を大切にできない者に「いのち」など、守れるわけがない!と私は思うのです。

 以前にも書きましたが、私たちは感動することが大事です。心がうちふるえるような感動を、私たちは短い人生の中で、いったい何度味わえるのでしょうか?
私たちは、些細なことでも「感動できる心」を育てておかなければ、鈍感なセンスしか持ち合わせない人になってしまうような気がします。自分自身で「面白味のない人生」を選んでしまっているのではないでしょうか。
 
私は、初めて重要文化財旧大谷家「銅御殿(あかがねごてん)」に、足を踏み入れた瞬間に味わった感動を、一生忘れることができません。
「風景は思想だ」まさに、そのとおり!
私は、何度も何度も、堀さんのこの言葉を噛みしめていました。

※参照
 2007年6月1日「湯立阪マンション問題から」
 2007年6月29日「銅(あかがね)御殿(旧磯野邸)見学の記」