介護の現場で

2011年1月28日 23時05分 | カテゴリー: 活動報告

末期がんの母の看病で気付いたこと

昨年秋、母の癌再発の知らせに急遽、帰省し、父と二人で医師の話を聞きに行きました。余命3ヶ月を宣告され、父も私も、予期せぬことに言葉を失いました。
「再発と言っても、高齢者だから、そんなに早く進行するはずがない」「1年、せめて半年くらいの時間は、あるだろう」そんな風に思っていただけに、父にとっては、私以上に大きなショックを受けたことと思います。
 それからすぐに、私は、看病のために、国立市といわき市を行ったり来たりする生活になりました。
 
 母は入院を嫌がり在宅看護を望んだので、せめて、そのくらいの親孝行はしなければ!と考え、受け入れることにしました。
 幸い、24時間在宅看護の病院が近くにあることを、ケアマネージャーから教えていただいたので、病院を変えることにしました。これまでの診療記録を出していただき、新しい病院に提出しました。
 看護師2人が、毎週一回、決まった時間に訪問し、血圧、脈拍、体温などを測り問診をします。褥瘡(じょくそう)の具合を見たり、お薬の相談にのってくださったりします。
 そのほかに、必要に応じて医師の往診があります。
 一番、気がかりだった年末年始の対応を聞くと、医師は「だいじょうぶ。僕らは、お正月でも、何かあったら来るから!」と優しい笑顔といわき弁で、母に言ってくださいました。

 母が入院を嫌がった理由のひとつには「味気ない病院食は食べたくない」ということがありました。「何食べたい?」と聞いてから、食事の支度をして枕元に運ぶのですが「こういうものじゃないの!」と一蹴。料理を作り直すことも、しばしば。病気のせいで味覚が乱れるのでしょうか。「薄味にして」と言うので、薄く味付けていたら、数日後には突然「こんな薄いの、食べられない!お醤油ちょうだい!」と言う事もあります。
 両親は食器道楽ですので、その種類の多さが役立ち、食事のたびに、あれこれ変えて、盛りつけも工夫したりして少しでも食欲が湧くように、私なりに頑張っています。
 私が公務で、国立に帰るときには、ヘルパ−さんにお願いをしますが、こんなわがままな母では、さぞ「ヘルパーさん泣かせ」だろうな〜と心配です(笑)。

 
 国立市でも、2010年7月から、高齢者(介助の必要な65歳以上の方)やしょうがいのある方の緊急の場合(夜間に家族等の介助が受けられない場合)には、ヘルパーを派遣する事業が始まりました。
また、国立市医師会では、訪問看護ステーションが、在宅で療養される方に訪問看護を行っています。
「誰もが、自分らしく生きる」ことの意味を、いま母を看病しながら、実感する日々です。