中央線高架化!

2010年11月21日 23時15分 | カテゴリー: 活動報告

その歴史とこれから

 マスコミ報道で、すでにご存じの方も多いと思いますが、11/7(日)未明、JR中央線の三鷹〜立川間は、高架化の最後の切り替えが終了し、すべての踏切がなくなりました。

 本日(11/20)、立川パレスホテルにて、「中央線連続立体交差事業 西国分寺〜立川間高架化記念式典」が、開催されました。この西国分寺〜立川間における解消された5本の踏切のうち4本は国立市内の踏切で、これにより踏切の渋滞が緩和されました。
 道路と鉄道の立体交差による南北交通の円滑化を目的とした「三鷹〜立川間複々線 高架化促進協議会」が設置されたのは、1969年(昭和44年)のことでした。
 当時、「建運協定」(建設省と運輸省=現在では、統合され国土交通省に)により、ほぼ国費で賄われるものとされていましたが、紆余曲折あり、2007年には「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する要綱」の定めによって、各沿線自治体への負担が明確化されました。

 費用負担については、各自治体では、かなりシビアな話です。そもそも、公共としての鉄道に関すること、道路に関することをどのように負担を分かち合うのか。自治体の負担が多くなれば、当然、それは住民負担(税金の使途)にはね返るものです。
 記念式典では、連続立体交差事業の功労者として、青木元立川市長と佐伯有行元国立市長が表彰されましたが、これまでの経過は、どの程度、市民に開かれたものになっていたのでしょうか。
 もちろん、誰が市長であっても、市報など広報に、市民自身が、関心を払ってなければ伝わるはずもありませんが、少なくとも、どれだけ、その周知の努力をしたのかは、問われます。

 連続立体交差事業は、当初の目的の1つに「複々線化」がありましたので、今なお、声高に、それを訴える向きもありますが、むしろ大切なことは「各自治体のまちづくりを、いかにJRと協力し合ってすすめるか」にあります。
駅は、そのまちの顔です。魅力的な「まち」であるためには、顔としての駅舎や駅前広場が、重要な役割を果たします。また、それによって、商業の発展も左右されるのです。
 関口市長が、常々語る「回遊性のあるまち」とは「歩いて楽しめるまち」という意味です。車中心の時代は、終わりました。だからこそ、ロータリーを中心に車が幅を利かせるのではなく、歩行者の安全をいかに確保できるかを、考えていかなくてはなりません。高齢者や障がいのある方々にも優しいまちづくりとは、そういうものではないでしょうか。
たとえ、この先10年かかろうとも、次世代への財産となるべく「魅力的な国立」になることを祈って!