貴重な税の使途〜セーフティネットの狭間で〜

2010年11月6日 22時26分 | カテゴリー: 活動報告

議員が市民に知らせるべき真実とは

 この国の経済は、長い不況のトンネルから、なかなか抜け出せない中、誰もが言葉では言い尽くせぬ閉塞感に襲われています。
「仕事がない」「収入が減った」などの不満の矛先は、当然のことながら政治に向けられます。「自民がダメだから民主へ」と決断した国民が、「民主がダメなら、やはり自民へ」と向かうのか、はたまた、「だれも信用ならん」と選挙に行かなくなるのか、この国の将来は、いずれにせよ国民自身に問われるものです。
 地方議会においても同様です。政治は市民の鏡です。その一方で、どれだけ市民に正確な情報を提供できているのか?ということも、議員自身にも突き付けられています。
 市民の貴重な税の使途を決める議会が、何事も「市長の手柄にしてなるものか」などという偏狭な考えで活動されては、市民はたまりません。市民の立場での政治は、正確な情報提供を、行政だけによらず自ら市民へ伝える努力をすべきだろうと考え、レポート配布やこのHP、または、遊説などで実践してきたつもりですが、それでも、まだまだ不十分の感が否めません。
 
決算特別委員会において、私は、扶助費の構成比(市税の使途の割合)について取り上げました。2009年度の検収調書からも、国立市は、他市に比べて扶助費のうち民生費における単独事業の割合が多く、福祉分野の充実ぶりは群を抜いています。構成比では、国立市の歳出のうち、民生費は全体の38.20%、約4割弱を占めています。  
扶助費におけるプライオリティは、言うまでもなく「セーフティネット」です。本当に困っている人に必要なサービスを行うことが、行政の務めです。果てしなく、ここだけ突出させていけば、市の他の財政は圧迫され硬直化します。全体の配分バランスを考えなければならないことは、当然のことでしょう。そうならないようにするには、事業の内容をしっかりと精査する必要があります。
 例えば、新規事業を行う場合、国や都の補助金をアテこんだものもあります。しかし、それらは時限のものであり、補助制度が無くなったとたんに、市の独自サービスとするのか、やめるのか決断を迫られます。いったん始めたサービスを無くすることは、たいへんなことです。だからこそ、財政健全化が必要となるのです。
 「市民要望があるから」「陳情が採択されたから」「議員が言ったから」だけで、予算付けをしてしまえば、当然のことながら、たちまち破たんしてしまいます。
 
 「153億の無駄遣い」の謳い文句で、市のまちづくりを批判する向きもありますが、将来への展望もない市政運営では、次世代へと引き継ぐ財産もないことになります。