「ふるさとの原風景」とは?

2009年11月20日 16時30分 | カテゴリー: 活動報告

駅周辺のための臨時会

 誰にでも「ふるさと」は、あります。
私にとっての「ふるさとの原風景」は、空いっぱいアキアカネが飛んでいる光景でしょうか。まだ、5,6歳の頃に住んでいた福島県の喜多方市の風景です。
私には、国立生まれ国立育ちの二人の子どもがいます。子どもたちは、矢川で遊びママ下でザリガニ取りをしたりして、育ちました。そんな子どもたちにも「国立駅」は、離れた場所であったにもかかわらず、やはり「ふるさとの原風景」のひとつのようです。
 旧国立駅舎は、2006年10月に解体保存されましたが、子どもたちは、文化財指定されたことを拠り所に、いつの日か復原されることを期待しています。
 国立市民にとって、財政危機はゆゆしき問題です。しかし、そのことで、何もかもをストップし「禁欲的な暮らし」をすべての人に強いるべきか否かは、大変に悩ましい問題です。確かに、経済的に厳しい時期には「禁欲的」にならざるを得ません。しかし、そういう立場にある人間は「何も夢を持つな」と言えるのでしょうか。「公的資金での夢」などもってのほか!と叱咤されるのでしょうか。それでは、どんな「希望の持ち方」ができるのでしょうか?
 厳しい生活の人により厳しい生活を強いろとは、言えません。しかし、それ以外の市民が、未来のこのまちのために、子どもたちのために、幾ばくかの投資をし、まちづくりを実現することは可能です。
 国立駅周辺まちづくり基本計画が、ようやく出来上がり、11/20(金)、都市計画道路3.4.10の道路認定、補正予算の3.4.10整備業務委託費、駅周辺まちづくり委託業務費(コンサル委託料)、低所得者のための新型インフルエンザワクチン接種助成費、の審議のための臨時会が開催されました。
 強力に道路認定を進めたがってきた会派、何としても道路だけは造らせたくない会派、あたかも弱者の味方を装いつつ道路認定だけは賛成しておきながら、関連予算も、低所得者のインフルエンザ助成も反対だという会派、はたまた判断が付けられぬと退席する会派など、さまざまですが、生活者ネットワークとしては、国立駅周辺まちづくりの計画には、これまでにないほどの多くの市民がかかわって策定されたこと、また、この先100年以上、まちの顔として、玄関口である「駅前」が、活性化にどれほど効果をもたらすかを考慮し、賛成としました。
 道路認定、補正予算も、賛成多数で可決となりました。
 ようやく、まちづくりが動きだそうとしています。
 某テレビ局が「探そう!あなたの忘れもの」という企画で、思い出の作文を募集していましたが、子どもたちの心の原風景を、まちづくりで実現できないようでは、“心さえも貧困なまち”になり下がってしまうのではないでしょうか。