変わりつつあるものと「旧態依然」

2009年10月16日 15時28分 | カテゴリー: 活動報告

臨時会、また先送り

 久しぶりに、部屋の片づけをしていたら、2005年の雑誌が出てきました。雑誌は、読んだら捨ててしまうのが常ですが、なぜ、わざわざとっておいたのかというと「鞆(とも)の浦」(広島県福山市)が出ていたからです。「古い町」を特集したその号には、全国各地の名所がたくさん紹介されていましたが、私は、鞆の浦の美しさに目を奪われました。
 朝鮮通信使節に「東洋一美しい景色」と言われたほどのその地に、埋め立て架橋計画が起こり裁判になっているということは、その雑誌で知りました。その後、景観関係のメーリングリストでは、頻繁に裁判関係の情報が流れてきていましたが、この大型公共工事の許認可差し止め訴訟で住民側全面勝訴のニュースが報じられたのは、今月1日のことでした。公共工事における訴訟では、裁判所は、滅多に住民寄りの判決を出さない傾向にあるようです。しかし、鞆の浦では、そうなりませんでした。
 「景観」の重要性を社会に知らしめる契機となった国立の景観をめぐる裁判は、景観法を策定させる一翼を担いました。
 公共事業は、ビルドされる一方で、途中でスクラップされることは、ほとんどありませんでした。何もかも「政権交代」のお陰などとは思いませんが、人々が、溢れる情報の中で、それぞれが、物事の判断をするようになってきたのではないかと思います。「右を向け」と言われれば、何の疑いもなく、延々、右側の風景しか目に入らなかった時代は、終わったのだろうと思います。

 ところが、国立市議会においては、時計の針が止まったままです。
 先の定例会において、自転車安全利用促進条例の一部改正について、重松議員が、行政の提案に対し批判する討論をしたことから、紛糾しました。このときに否決となった補正予算のうち、国の補正予算に係る経済危機対策等関連事業と義務的・準義務的経費については、一刻も早く成立させなくては、市民生活に影響が予測されますので、臨時会を急がなくてはなりません。しかし、10/14に開催された会派代表者会議の席では、「重松議員から、発言の全面撤回と謝罪がなければ、(臨時議会には)応じられない」などと言い募る野党議員もいたのには、ビックリ!

 議会を混乱させた責任は、確かに重いものがあります。そういう意味では、すでに謝罪は、その議会中に行っており、それ以上の何を求めているのか、理解に苦しみます。そもそも、臨時会の議案とは関係のない条例改正の件を理由にすること自体、不思議でなりません。さらに、重松議員自身の見解そのものを「撤回せよ」と主張し続ける野党議員には、口をあんぐり!即座に、私の頭に浮かんだのは、「踏み絵」でした。議員でなくとも、人には、それぞれ「信条」があります。憲法は、これを保障しています。反省すべき部分と「見解の相違」を混同させてしまっては、自由闊達な議論は望めません。
 いつ、臨時議会になるかは、10/19の会派代表者会議を待つよりほかはない状況です。