わかっていたくせに

2009年5月22日 16時30分 | カテゴリー: 活動報告

Fool enough to think that’s what I’ll find

 急に気温が高くなって蒸したりして、気候変動が激しく、高齢者でなくでも、体調管理が厳しい今日この頃です。また、巷では新型インフルエンザの話題に囚われ、誰もが溢れる情報で不安に駆られる状況の中、心配性の母は、大量のマスクを買い求め、わざわざ宅急便で私に送ってきました。「あ〜、石油ショックの時のトイレットペーパーと一緒だ〜」と、しみじみ考えさせられました。

 副題に書いたFool enough to think that’s what I’ll findは、カーペンターズのヒット曲のひとつ「青春の輝き」の一節ですが、私が訳すとしたら“わかっていたはずなのに”となるでしょうか。これはラブソングですが、どんなことでも同様だと思うのです。

 人は、およそのことを予測して生きています。それなのに、わざと(知りつつも)見ないふりをしていることもあります。高齢化社会もパンデミックも、だれもが予測をしていたのです。アナリストでなくても、ある程度の見通しは、持っていたはずなのに、いざ直面すると、‘役者顔負け’のビックリ状態を起こすのです。
 この「青春の輝き」は、ドラマ「未成年」に使われ、理不尽な大人社会へ問題提起にもなりました。このフレーズの前に、I know I perfection of a quite imperfect worldというフレーズがあります。「完璧な世界なんか、あるはずもないのに」とでも訳しましょうか。

 人は知りつつ、見ないふりをすることもする生き物です。たとえば、生活苦に喘ぐホームレスを見たとしても「気付かないふり」、道端にゴミが落ちていても「見なかった」コトにする…etc. 誰もが己のことに忙しく、構っていられない現代のあり様が、悲しい今の社会です。このままでいいのだろうか?と誰もが思っているはずです。

 きょう、公民館活動に造詣の深い教育長と、その「市民自治」について、話をしました。教育長は、国立の市民は「自治」への意識レベルが高いことを誇らしく語る一方で、高齢化とともに、その継続の難しさをひしひしと感じていると知り、考えさせられました。

 高齢化は、誰もが予測できていたことであるけれど、その先のことを、どうすべきか、しっかり議論する暇もなく、今を迎えてしまっているのです。
 「レジャー世代」と呼ばれた私たちの世代でさえ、50代に突入し、コミュニティの持ち方を億劫がる人種が増えることを、今更、憂いても間にあわないかもしれませんが、やはり、子どもたちは、そんな親の背を見て育ちますから「わかっていたくせに」知らんふり、することだけは、やめにしたいと思うのです。
 人は、一人では生きられないのですから。

写真は、国立市内で見つけたバラです。