市民憲法フォーラムの午後

2008年11月21日 16時47分 | カテゴリー: 活動報告

イマジネーションの話

 朝晩、吐く息も白くなるようになりました。温暖化のせいかどうかは、わかりませんが、「霜月」の名の通りに霜が降りるのは、昔に比べて遅くなったような気がしているのは、私だけでしょうか?子どもの頃は、もっともっと寒かったような気がします。
 子どもの頃といえば、私が思春期を過ごした福島は、冬はとても寒く、真冬には日中でも、濡れタオルを外で振り回すと、棒のように固まったことがありました。それでも、凍った道を(無謀にも!)自転車で学校に通ったものです。
私と同じ時期に、青春時代を同郷で過ごした高橋哲哉さん(東京大学大学院総合文化研究科教授)をお招きして、11/15「市民憲法フォーラム2008」が、芸小ホールで開催(国立市主催)されました。
 朝日新聞の論座で話題になり、その後、出版された赤木智弘の「若者を見殺しにする国」を例に引き、貧困と平和をリンクさせて「いまを平和と思える人たちは、既得権益を享受している人たち」だとの指摘に、誰もがあらためて現実を思い知らされました。論座に発表されたときのタイトルは「『丸山眞男』をひっぱたきたい。31歳フリーター。希望は戦争」でした。若者を取り巻く貧困は、高度経済成長やバブル期にそれなりの生活を経験し今に至る人々には、なかなか“思いが至らない苦しみ”ではないでしょうか。就職氷河期に社会に放り出され、辛酸を舐めさせられた若者に「自己責任」を突き付けるのは、あまりに現実を知らなさすぎる行為です。彼らが、「戦争でも起きてくれたら、社会が変わるかも」と思うのも、無理からぬことかもしれません。だからと言って、それが是であるというつもりはありませんが、イマジネーションがあれば、社会の何が問題かが見えてくるはずでしょう。この格差は、いま話題になっている麻生首相のぶち上げた定額給付金などで解決はしませんし、無論景気対策に功を奏すはずもありません。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、もともとは、この言葉の言うところの「礼節」とは「栄辱(名誉や恥辱)」の意味だそうです。思いやりは「栄辱」とは別ですが、経済的に不安のない状態にあっても精神的に余裕のない人には「他者の立場」を思いやることは難しいのではないでしょうか。貧困により不安や恐怖に満ちている状態の暮らしを想像できるかどうか、ということが問題です。
 先日、ある方が私に「住基ネットを接続すべき」と強く迫るので、「人の命と利便性とどちらが大事でしょうか」と伝えると「それで、死んだ人がいるなら、連れてこい!」と言うので、あきれてしまいました。
‘衣食足りてそうな’人なのに〜!

※スケジュールに誤りがありました。
 八ッ場ダム裁判の結審の法廷は、522号法廷ではなく103号法廷です。お詫びし、訂正いたします。