用水路が暗渠にならないために

2008年10月31日 15時38分 | カテゴリー: 活動報告

環境にまつわるエトセトラ

 急に気温が下がったことで、体がびっくりしてしまい、体調を崩している方もいらっしゃるのではないでしょうか。かく言う私自身も例外ではありません。温暖化のためかどうかはわかりませんが、なかなか秋の気候に、すんなり入ってくれなかったようです。
 最近では、多くの人が環境問題に関心を寄せるようになり、喜ばしいことですが、私は「後世にどのような影響を及ぼすのか」を熟慮した上での選択であるかどうか、しっかり見極めをしなくてはならないと考えています。
 現在、城山南土地区画整理事業は、組合設立に向けた準備が進められているところですが、このまちの財産でもある自然の多く残るこの地域の価値を、地権者の皆さんには、どれだけご理解いただけているのでしょうか。
よく「区画整理は、地権者のものだから、よそ者には関係ない」という人がいます。果たして、本当にそうでしょうか。組合施行だろうと自治体施行だろうと、自治体からは、幾ばくかの税金が使われることになります。地権者には大きな選択権があることは否定しませんが、そこに税金が投入される実態がある以上、「他は関係ない」とは、言い切れないのではないでしょうか。
 区画整理地内の市所有地は、親子の稲作体験に使われ、好評でした。水田を続けるには、水の確保が必至であるため、用水をどうするのかは大きな課題でした。しかし、それとても、水さえ確保できればいい、という話ではありません。昨今、環境に開眼した自治体では、次代を担う子供たちのために、どう自然を残していくかを心砕くようになりました。用水路は、その地域の文化の象徴でもあります。大切に子どもたちに引き継ぎたい文化です。
ある議員は、「子どもが用水に落ちたら危険だから、暗渠にすべき」と発言しましたが、これでは、子どもが「水路とは何か」を学ぶ機会をなくすことになってしまいます。「ハサミが危険だから、一切使わせない」という過保護状態と同様ではないでしょうか。
水路が暗渠か開渠かは、地権者にとっては減歩率に影響しますから「損をしたくない」という気持ちは、理解できます。しかし、損をなるべくしない方法で歩み寄れる地点が探れるのなら、次代へ胸を張って引き継げる環境を残せるよう、配慮できる度量が必要なのではないでしょうか。
 他の自治体では、早々、そうした環境配慮型のまちづくりを実践し、不動産の土地評価だけではない「優良な環境」という付加価値による人気が、まちづくりに、ひいては個人資産への評価増につながっている事例があります。これだけ、環境保全が叫ばれる中で、5年後、10年後のご自分たちの資産価値を考えたら、そして子どもたちへ自信を持って残せる環境を考えたら、「水が身近にある環境」が不可欠な要素であることに、地権者のお一人お一人が、気付いてくださることを、切に願う今日この頃です。