解体された国立駅舎は、いま

2007年1月19日 13時39分 | カテゴリー: 活動報告

5年間、恋しつづけよう!

 多くの市民に愛されてきた国立駅舎が、80年の歴史あるその雄姿に幕を閉じたのは、昨年10月8日でした。その後、10日10日から解体作業に入り12月28日には、「その場所」は更地になりました。
 解体された駅舎は、いったいどこへ行ったのかと言いますと、国立市泉二丁目の市の資材置き場として使用していた場所にプレハブ保管庫を建設し、ここに保管されています。
先日、この保管状況を確認するために視察して参りました。
保管庫は、想像していた以上にしっかりした造りで、換気扇が取り付けられ、内部の風通しも考えられています。解体された部材は、それぞれが、どの部分のものなのか分かるように、その位置が記されていますし、部材と部材を重ねる部分には、風通しのために、端材を挟むなどの工夫がされていました。また、ボルト類などは、それごとにまとめられています。
 一部を除いて、木造部分はすべて保管庫内に収納されましたが、ひさしなどのレールの柱は、現在、保管庫の脇にブルーシートに包まれて、保管されています。
 レールなので、木造部分とは違って腐食という心配はないものの、このままというわけにはいきませんので、近いうちに床面をコンクリート打ちにしたいとのことでした。
 また、プラットホームのレール柱などの刻印部分も保管してありました。
 「木造部分はすべて」と、先に書きましたが、実は円形窓だけは、現在、一時的に清掃分室の屋根のあるところにブルーシートがかけられて保管されています。円形窓は、その形状から横にしてしまうのは望ましくないため、取り付けられていた状態そのままに保管できるよう、木枠で梱包され、立てられたかたちで保管されています。保管庫内が整理され次第、そちらに移動する予定だとのことでした。
 他の議員のブログでは、「木造部分の腐食が激しく曳き家には耐えられないものだった」など、無責任な報告もあったようですが、文化財保護審議会の白井先生によれば、「これは解体時にわかったことだが、JRが当初のものを多少改装した形跡もあり、木造部材の痛み具合は、‘ひどい状態’ではなかった」とのことでした。 
 市民が、5年間、駅舎への思いをつなげられるよう、行政は、今後も、しっかり情報提供をしていく必要があります。