教育基本法を変えることで、何をめざすのか?

2006年11月10日 16時20分 | カテゴリー: 活動報告

子どもに、一番だいじなもの

 政府与党は来週中の衆議院通過をめざし、現在、教育基本法改正(改悪!)案の審議が大詰めとなっています。
政府主催の『教育改革タウンミーティング』では、内閣府から出席予定者への質問案の指示や細かい演技指導まであったと聞き、呆れ果てています。また、そんな念の入れようは、奇異に映ります。私は、市民参加についてよく取り上げますが、為政者にとっては、国民は寝ていてくれた方が都合のいいものです。特に、法を変えるとなれば一大事ですから、なおのこと「どうぞ、議員さんがたにお任せしますから、決めてやってくださいよ」な〜んて、国民が言おうものなら大喜びでしょう。ヤラセに応じた側は、まさに主権放棄しているにもかかわらず、一向にお気づきにならなかったのですね。「直接民主主義」なんて言葉は、彼らの辞書にはないのかもしれません。
子どものいじめや自殺は、大人社会をそっくり映す鏡です。「国旗・国家法」ができたとき、「強制はしない」はずだったし、「罰」も設けなかったのに、現実には、地方公務員法など別の法律を使って「裁く」のは、「いじめ」と同じです。憲法には、「思想・良心の自由」が保障されているのに、大きな矛盾です。矛盾をはらんだまま、今回の改正では、さらに「愛国心」など多数の徳目を掲げる教育の目標は「家庭」までも含めるとなると、大問題です。人の心にまでも、国家が介入することの恐ろしさに、私たちはもっと敏感にならなければなりません。
安倍首相は「志のある国民を育て、品格ある国家をつくっていくため」と改正の目的を語りましたが、先のイラク戦争で、民間人に多くの犠牲者を出したアメリカの片棒を担いだ国は「品格のある国家」とは、程遠いものです。そんな矛盾を平気でさらし、教育基本法改正だなんて、国民を愚弄するにもほどがあります。
朝日新聞に「わたしの教育再生」という記事が連載されていますが、教育社会学者の深谷野亜さんは、現代の傷つきやすい子どもたちには、「学校が人間関係を学ぶ場へシフト」することが重要であると指摘しています。
他者との関係性を、どのように築いていくか、これは人間の一生の課題です。そのためには、まず自己としっかり向き合うこと、その一番基本的なことが、身についていない現実があるのです。子どもたちが、いま、本当に求めているのは、まわりにいる大人たちの「愛」です。
 法改正より先に、信頼感のある眼差しで子どもたちに接するおとなを一人でも多く、増やすことが急務ではないでしょうか。