「口に入るもの」にこだわりたい

2006年11月3日 17時18分 | カテゴリー: 活動報告

安全な食品考察

戦渦にいる人から見れば、「食べるものが、あるだけまし」と言われるかも知れません。飽食の時代と言われて久しいけれど、本当に日本は飽食なのでしょうか?現代においては食生活は、むしろ貧困になっているのではないかと、私は思っているのです。
 生活者ネットワークの前身は、安全な食べ物を手に入れるための共同購入をする生活クラブ生協です。その仲間たちが、食の安全性を追及した結果、やはり根本にある政治を変えなければダメなんだということから、この市民のための政治団体はスタートしました。「安全な食品」という言葉の持つ概念は、‘食中毒などをおこさないような’というものとは別に、‘農薬を使わないもの少ないものや遺伝子組み換えではないもの、添加物のないもの、など、健康を脅かす恐れのあるものをなるべく排除した食品’を指しています。添加物がちょっとぐらい入っていたからといって、すぐに病気になったりはしませんが、化学物質は、長い年月には体内に蓄積されていきます。しばらく前に「キレやすい子」という言葉が盛んに言われましたが、それを聞いて私は「なんて子どもに失礼な言葉だろう」思っていました。キレやすいのは、むしろ大人の方です。長い目で、子どもを見守れなくなってしまっている上に、その一因であろうと思われる安全性を欠く食品を与え続けて、子育てをしてきたのは、大人なのですから。食品と「キレる」ことの因果関係は、証明できないとする学者もいますが、そうであったにせよ、大人の責任において、極力「口にはいるもの」には、こだわりたいと思うのです。食べることは、生きることの基本だからです。国が食育について、ようやく最近、動き始めましたが、「しつけ」のために行なうものではなく、「生きるための知恵」を、ぜひとも子どもたちに伝えていきたいものです。学校給食においても、米飯委託の話が浮上し、保護者の皆さんからの反発が聞こえてきています。母親なら当然の心配でしょう。
 私たちは、次世代を担う子どもたちが、健やかに育ってほしいと願わずにはいられません。食品同様に、「水」もまた、生きるために欠くことのできない大切なものですが、食品に比べ関心の薄いのが現状です。
 生活者ネットワークでは、10年以上、矢川の水質調査を行なってきましたが、ふだん私たちが、何気なく飲んでいる地下水が、どんなふうに私たちの家庭に運ばれてきているのか、知らない人がほとんどではないでしょうか? 11月25日に水をテーマに環境フォーラムを開催します。どうぞ、お誘い合わせの上、ご参加ください。
お待ちしております。