「安心・安全」の陰に潜むもの

2005年9月24日 14時10分 | カテゴリー: 活動報告

あぶない条例

 風は、足早に秋の気配を運んできました。私たちが9月議会に気を取られているうちに、だいぶ日も短くなりました。21日の最終本会議では、駅舎曳き家の補正予算をめぐっての激しい攻防がありましたが、実は、これ以外にも、とんでもない議案が議員提案されていたのです。「安心・安全まちづくり条例の早期制定を求める決議案」が、自民党・新政会をはじめ、野党議員を中心に提出されました。具体的にどのような条例を想定しているのかを問うと、「市の自主性に任せたい」と言うのです。そう言えば、たいへん懐の広いご発言に聞こえますが、必ず条例を作れというプレッシャーです。
 昨今、「安心・安全〜」の名のつく条例が、あちこちで作られていますが、果たして条例で、市民の安全が守れるものでしょうか。まず、条例をつくることで、地域住民が互いに疑心暗鬼になり、監視しあい、様々な情報が警察へ流れ、警察主導の監視社会になって行くことを危惧します。治安が悪いから、パトロールをする、防犯カメラをつける等は、どの程度の効果があるというのでしょうか。刃物などの凶器を持った凶悪犯には、市民では対処できません。精神に異常をきたした者や凶悪犯の犯行には、パトロールは抑止力にはなりえません。罰則なら、犯罪者には刑法がありますから、条例は必要ありません。防犯カメラ(提出者は、『監視カメラではない』と言い張る)は、プライバシーや肖像権の問題もありますから、そのことも含めて考えなければなりません。カメラに映し出される人が、すべて犯罪者ではないのに、「挙動不審な人」や「風体のおかしな人」が、「怪しいもの」として、チェックの対象となります。しかし、「監視する者」と「監視される者」は、交代することも充分ありうるのです。
 高齢化社会に向かっていく時代に、いま一番求められているのは、互いを思いやり助け合う地域コミュニティを、どのように形成していくか、ということではないでしょうか。 私たち生活者ネットは、住民の間に不信感を蔓延させ、監視社会を形成する恐れのあるこの決議案には、反対をいたしました。