マンション紛争と裁判

2004年8月17日 17時27分 | カテゴリー: 活動報告

まちを愛する心

 通称4億円裁判の行方を案じている市民の方は、大勢いらっしゃることと思います。もちろん、私もその一人です。この裁判で、争点となっている「地区計画」ができた時、私は、ちょうど国立市の景観審議会の委員でした。忘れもしません。あの時の景観審議会は、かつてないほどに大勢の傍聴者が市役所の3階の会議室に詰めかけ、テレビ局など、マスコミも取材に来て、当時、普通の主婦だった私(今もそのつもりですが!議員ということを除けば)は、とても緊張したことを思い出します。
 都市計画法や建築基準法など、専門的なことは全くの素人が、景観審議会の中で、どれほどの役に立てたかは、わかりませんが、とにかく、大学通りのあの風景を愛してやまない人々が、これほど大勢いるのだということに圧倒され、重い責任を感じていたのです。
 「地区計画」というのは、「良好な環境の街区」を一体として整備・保全する計画(都市計画法12条の5)をいいます。その土地の所有権・借地権を有する人たち「全員の合意」でその地区の整備計画を協定し、これを議会に諮り決定します。マンション建設事業者は、工事を始めた後に地区計画を「後追い」でつくったのだと主張しているようですが、それは全く違います。国立市民が、どれほど景観について、真剣に取り組んできたのか、それまでの経過を知る人は、あのような強引な建築はありえないと思うはずです。
 しかし、かくいう私自身は、実は、それほど景観に関心のある人ではありませんでした。それは、私の育った環境に由来するものだと思っています。子どもの頃から、父の転勤で長くても5年くらいで引越しばかり。お陰で、順応性が身につきましたが、「まち」というものに全く執着しない人になっていました。「執着」というと語弊があるかもしれませんが、私は、「まち」に「順応」していくために、「人はどんなところでも、生きていけるのだ」と子ども心に言い聞かせて成長してきたのだと思います。しかし、景観審議委員を引き受けた時の私は、「ともかく、このまちを愛する人たちの思いを代弁する」ことを使命と考えていました。「まちを愛する心」を持った国立市民が、心から羨ましいと思ったのです。「国を愛する」というと胡散臭いけれど、「まちを愛する」という言葉は、なんて輝いているのでしょう!そこには、排他的なものは、全く感じられないのです。今、私は、その大学通りからは、はるか遠くの青柳に住んでいますが、それでも、あの環境を愛してやまない人々と同じように、その思いを大切にしていきたいと思います。