新たな学校運営をもとめて

2004年2月6日 16時13分 | カテゴリー: 活動報告

「大きなエゴ」のすすめ

 暦の上とはいえ、立春も過ぎると誰もが新たな季節の到来を待ちわびるようになります。しかし、今の私の心情は、複雑なものがあります。
 今月27日から3月議会が始まりますが、皆さんもご存知のように、国立市ではいまだ三役が不在のままです。
12月議会では、野党側との調整がつかず、市長は提案を断念しました。候補者に再び「傷」をつけるわけにはいかないからです。野党の言い分を聞いていると「市長の思い通りの人事などさせてなるか」と、ただそれだけの理由でしかないのではないかと思えるのです。現実には、助役・収入役・教育長が不在であることで、さまざまなこと(人)に、しわ寄せがいっています。とりわけ、教育面では、深刻です。子どもの問題は待ったなしですから、大人の勝手な思惑で迷惑しているのは、子どもたちでしょう。すべての子どもに、平等に学ぶ権利があり、私たち大人には、責任をもってその環境を整える義務があると思います。
 ここ数年、国立の中で、PTAの不協和音が大きくなってきていることが気がかりです。私も子どもたちが在学中は、給食委員やP連委員を経験しました。有職者が委員を受けるのは、なかなか苦労だとは思いますが、当時の保護者は、助け合いながらこなしてきました。(時にはお父さんやおじいちゃん、おばあちゃんが委員をしてたことも!)中でも、P連の果たしてきた役割は非常に大きなものがあります。11校が協力し、調査活動をした上で、要望書をまとめて教育委員会に提出してきました。長年これを続けることで、子どもたちの教育環境は、ずいぶん前進したと思います。まさに「継続は力!」です。
「P連は、子どもたちのことと関係ない議論ばかりしている」という声も聞かれますが、P連の扱ってきた議題で、まったく子どもに関係しないことなど、ひとつもなかったはずです。P連主催の学習会もそのひとつです。
 私は自分の子育てを「大きなエゴ」と呼んでいます。
誰もがみな、わが子が大切。でも、この子たちが大人になる時に、ともに社会を形成していく仲間たちがいます。一人だけが幸せでも、理想的な社会にはなりえません。私がP連で学んだことは、わが子だけ良くても幸せにはなれないのだということです。一見、子どもたちとは無関係に思えるものでも、実はとても密接な問題であることが多いのです。管理職である学校長は、保護者が学校運営に口出すことを嫌います。しかし、これからの時代は、PとTが協力し合っていかなければなりません。
学校長だけで、理想的な学校運営はできないのです。
 「学校協議会」「三者協議会」などという言葉をお聞きになったことはありませんか。先進例では、こうしたことを取り入れて、子どもたちの状況がとてもよくなったという報告があります。例えば、こうした新しい取り組みをしていくためには、政治の場で政策を決定しなければ実施できません。その意味では、PTAと議会はとても関係が深いといえるでしょう。子どもたちのためにも、若いお母さん、お父さん方には、PTA活動を、あきらめることなく、がんばって続けて欲しいと思う今日この頃です。